現場における顕微鏡による芝草病害の迅速・簡易診断

これまでの診断技術

 わが国におけるこれまでの診断方法は、表1のようにまとめられる。このうちの古典的な方法は、芝草病の研究が始まってから1980年代まで行われており、罹病芝草から菌を分離して病原菌を推定し、海外などの文献を参考にして病原菌を同定するものであった。この時期には、一つの病原菌に対して10病名が付いていたなど、病気には思い思いの病名が付けられていた。

表1 これまでの診断法の比較

診断法      手順

古典的    罹病芝草→菌の分離→病原菌の推定→

文献(海外などの)参照→病原菌の同定

植物病理学的 症状の観察・記録→菌の分離・同定→

接種→再分離→学会で病名の提案

 一方、農薬の使用に当たっては、適用病害名が身近な問題で、病名の統一がはかられるようになり、また植物病理学的診断法がますます求められるようになった。芝草学会における病名も植物病理学的な手続きを経て決定されるようになり、最近でも、この手続きの重要性が繰り返し求められている。

 しかし、この植物病理学的な診断法には、

@    分離操作が煩雑で、同時に病原菌以外に多種類の菌が分離され、これらの分離菌の種の同定には高度の専門知識を必要とし、また時間がかかること。

A    これらの分離菌の接種試験には十分な経験と多大の時間を要すること。

B    @、Aに続いて発病過程における病原菌の役割を性格に評価するには、高度な病理学的知識と十分な経験を持ち合わせていなければならないこと。

などの問題がある。

例えば、病気の発生は芝生では集団的で、農作物では個体的であるという違いがある。そこで、農作物病害の観点から芝の病名をつけると、ゴルフ場における“葉枯病”は農作物の表現では“すそ枯病”という名前が付きがちである。この“すそ枯病”では、芝草管理技術者にとって現場の症状とのくい違いが大きく、理解しにくいものとなっている。しかし、ベントクリーンでは、クォリティを考慮して芝草にとって厳しい管理を前提に病害対策を立てることになり、病害と生理障害の区別がはるかにつきにくいものになる。このようなことから、植物病理学を専攻してきたものが極めて少ない芝草学会では、植物病理学的診断を日常に行うことは困難な状態にある。

そこで、筆者らは現場の要請にこたえるために、適切に対応できる迅速・簡便な診断法に検討を加えてきた。このほど、その中核をなしている顕微鏡による診断法がほぼ確立したので、本法を中心にした現場における迅速・簡易診断法をここに紹介する。

 現場即応型の顕微鏡診断技術

 本法は、予備診断(圃場診断)、顕微鏡診断、電子メールによる最終診断の3段階から成り立っている。この中の顕微鏡診断については、すでに各種の芝草病害に適用できるとしている。予備診断(圃場診断)と電子メールによる最終診断については、現在、試行錯誤を繰り返している。

1.予備診断(圃場診断)

 発病現場において、スポットやパッチの発生状況を観察し、まず、これにより伝染性病害と非伝染性生理障害を区別する(表2)。この後、表3を参考にしながら、病徴や標徴によって事項で述べる顕微鏡診断ができる菌類病とこれができないウイルス病などやこれを行う必要がないさび病などとに区別する。

 このように、伝染性病害と非伝染性生理障害との大まかな区別はスポットやパッチで行い、さらに次項で述べる顕微鏡による診断は、環境の影響を受けにくい主として標徴によって行う。

表2 コース現場における肉眼またはルーペによる

伝染性病害と非伝染性生理障害の相違点

観察方法 被害の種類   発 生 様 相

達  観 伝染性病害 自然発生的:自然環境[風通し不良、乾湿差、日陰、降霜、根雪、水みち、場所(グリーン、フェアーウエー、ティ)など]の中で片寄って発生

   非伝染性生理障害 人為的に発生:一斉に発生   (散水むら、薬害、肥料や                  け、燃料もれ、土壌固結など)

個体観察 伝染性病害 自然発生的:各個体の病徴は異なり、病徴の進展が連続的に認められ、被害拡大の形跡がある。

   非伝染性生理障害 人為的に発生:全個体が同   一症状を呈し、症状の進展や拡大の形跡がない。

表3 顕微鏡診断の対象にならない病徴や標徴

病  害       病徴や標徴

ウイルス病            茎葉に緑色の濃淡があるモザイクや斑紋を形成(黄化などもある)。植物体はしばしば萎縮、わい化、そう生、萎黄などを生じる。

ファイトプラズマ病 萎黄、そう生

細菌病                   斑点、条斑、萎凋

線虫病                   根こぶ、根腐れ

さび病                   黄色、赤色、黒色などの粉

くろほ病               黒色の粉

うどんこ病            白色でうどん粉状の粉

ほこりかび病        白色〜灰色の粘性のある鳥獣の糞状物

2.顕微鏡診断

 顕微鏡診断は図1に示す手順で行う(写真1,2参照)。なお、より精密な顕微鏡診断の方法については、専門書を参考にする。

病害サンプル
葉枯細菌病は、横断した罹病組織片の導管部から漏出してくる菌泥(標徴)を顕微鏡観察することにより行う。

 菌類病では、罹病組織片に標徴−粉状、かび状のものを認めれば、分生子、分生子柄、侵入菌糸や細胞壁を貫通する菌糸などが存在するので、針先でかき取って顕微鏡観察する(写真1)。

 また、いぼ状のものがあれば、これを含む罹病組織片をガラス棒で砕いて内部の胞子などを顕微鏡観察する( 写真2)。

 分生子などの各種胞子が認められない場合には、ペトリ皿にろ紙を敷いてふたをするか、ビニール袋内に水を入れて湿室をつくるかして、そこに一夜置いてから顕微鏡観察する。それでも、罹病組織内外で菌類が認められない場合には、生理障害であるとして電話で意見交換する。


図1 顕微鏡診断の手順

写真1:

罹病組織片をかき取りスライド上に載せて顕微鏡観察

写真2:

罹病組織片をガラス棒で砕いて顕微鏡観察

3.電子メールによる最終診断

 上記の顕微鏡下で、いづれか1つ、あるいはそれ以上の標徴が観察できれば、デジタルカメラで顕微鏡写真を撮り(写真3)、この写真をパソコンに取り込んで(写真4)電子メールで送り、最終診断を受ける(図2、写真5)。

電子メール(デジタルカメラで撮った顕微鏡写真、参考資料添付)
送られてきた顕微鏡写真や参考資料をパソコン画面でみながら、不明な所は電話で質疑を行い(写真5)、最終診断する。
診断の結果と現場管理技術者の意見をあわせ考えながら、耐性菌の出現にも注意し、薬剤散布をして診断が適切であったか否かについて検証する。


図2 電子メールによる最終診断の手順

写真3:

デジタルカメラによる顕微鏡写真の撮影

写真4:

パソコンに取り込んだ顕微鏡写真

写真5:

電子メールで送られてきた顕微鏡写真−電話でやり取りしたときのメモ

今後の課題

1.第1段階である予備診断(圃場診断)技術については、さらに事例を増やし、圃場における伝染性病害と非伝染性病害の肉眼またはルーペによる見分け方についてのデータを蓄積する。

2.第2段階である顕微鏡診断技術については、すでに主要な芝草病害に対する有効性が証明されている。また、本技術により罹病組織内外における病原菌の生育・生存形態が把握でき、同時に、シバの生理状態とそれを取り巻く環境条件が明らかになれば、病勢が手に取るように分かるようになる。しかし、本技術の中で最も困難な部分は、

@    顕微鏡技術の習得にあり、

A    各種の病原菌を顕微鏡下で識別すること及びそれらの菌の生態に関する知識を予めもっていること、

B    シバの生理・生態に関する知識をもつことが肝要となる。

3.第3段階の電子メールによる最終診断については、さらに、メール診断ができる現場(管理技術者)を増やすことである。

4.上記の3段階を持つ本診断技術は、既知の伝染性病害に対しては有効である。しかし、ウイルス病、ファイトプラズマ病、葉枯細菌病以外の細菌病や未知の病害(新病害)の診断には無効で、これらの病害の診断に対しては植物病理学的な手法を用いなければならない。

引用文献:一谷多喜郎・山本久仁夫(2004年4月):芝草研究第32巻第2号(印刷中)